2010年05月04日

箱根土産

今日は箱根に行ってきた。
かな〜り時間があったので、とりあえず、芦ノ湖のお土産屋で、観光客の晒し物になってきました。

こんなの、売ってましたw
IMGP0256.JPG

さすが箱根だw
これは笑える。
しかもネルフ公認。
思わず買ってしまいました。

………。
遊んでたわけではないですよ……?
posted by 霧島 安曇 at 22:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

さむい

しまった、怠けてしまった。
いかん、いかん><
まめに更新しなければ><


しっかし、変な天気だ。
雨がふったりやんだり。
まぁ、それはいいかもしれないが、
しかし寒すぎる。
いまだにストーブを使うことになるとは。

暖冬、冷夏。
ここ数年、何度も騒がれすぎて、それが当たり前のようになってしまっている。
これは異常なことだ。
この一週間で、気温のせいではない寒気を覚えたのは、私だけだろうか。

これ以上は、まずい。

地球の恒常性《ホメオスタシス》の作用を強く感じる。
地球環境が破壊されるほど、地球は「元に戻ろうとする」。
私たちのケガが治るように、地球は自分を治療する。
それが今の異常気象。あるいは異常現象。そんな気がする。

恒常性について、ウィキペディアにこんな説明が。

『恒常性、ホメオスタシス(ホメオステイシスとも)は生物のもつ重要な性質のひとつで生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれるという性質、あるいはその状態を指す。生物が生物である要件のひとつであるほか、健康を定義する重要な要素でもある。生体恒常性とも言われる』

そう、恒常性は『生物』の持つ特質だ。
地球は生きている。ただの物質ではない。

私たちは、いわば地球の細胞である。
海も、山も、雲も、川も、森も、犬も、猫も、人も。
みんな、それぞれがそれぞれの機能を持った細胞である。
私たちの体がたくさんの機能を持った細胞で成り立っているように。

個人的な意見だが、
『地球に優しく』
『環境に優しく』
という言葉が私はどうも、気に入らない。

環境問題を考えるとき、環境を、私たちと切り離して考えるべきではない。
私たちもその一部であること、それをまず理解しなくてはならない。

そこから、具体的な方法の検証が始まる。

お互いを認め合い、尊重しあった、本当の解決策が。

ありがたいことに、私たち日本人の祖先はそれを神話という形で伝えてくれている。
まずは私たちが動かなくてはならない。

すぐにでも。
posted by 霧島 安曇 at 16:19| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

不思議な夢

先日、不思議な夢を見た。
去年、事故で突然亡くなった私の職場の先輩が、夢に現れたのだった。
亡くなる前日に会話して以来、やっと、お話しすることができた。

場所は、神社の社務所。
地鎮祭に出かけようとして、カバンを肩にかけ、風呂敷を持って、いままさに外に出ようと入口の辺りにいる私と、机を挟んで反対側にいる先輩。
何か談笑している途中から夢は始まったのだが、お話していてふと、
(この人はもう亡くなっているんだよなぁ)
と思う私。そして、
「…あぁ、そうだ、○○さん。自分、ここ辞めて○○神社でお世話になろうと思っているんですよ」
と言う私。
先輩は、「え? そうなの?」と驚きながらも、
「でもまぁ…君、ここにいるよりも、…大変になるぞ?」
と言う。実に先輩らしい言葉だった。
私が「はい…」と答えると、外にいる巫女さんから声がかかる。
その日は、何とかの会という団体から参拝の予約が入っていて、その方たちが今来られた、との事だった。
私たちが外に出てお迎えに行くと、十数名かと思っていたその会の方々は、実は数百名いて、またたく間に境内はイベント会場の様に賑やかになる。
それでも先輩は、慣れた動作で、
「はい。こっちですよ。こっちこっち」
と言いながら、皆を社殿へと誘導する。
私も戸惑いながら先輩に従って、皆を誘導する。
他の職員も出てきたのだが、皆知らない人ばかりで、顔も曖昧で記憶になかった。
普段、百人も入ればいっぱいになってしまう社殿なのだが、何百という参拝者は、どんどんと社殿の中へと入っていく。
ある程度誘導し終えて、私はほっと息をつき、
(ああ、そうか。先輩は今、こういう事をしてるんだ…)

…と、思ったところで目が覚めたのだった。

何とも、不思議な夢である。
でも、先輩と話せてよかった。すごく嬉しかった。すごく元気そうだった。怖いという気持ちは微塵もなかった。お話できて、安心した。

ちょうど、その夢をみた日(前日?)の朝に、正式に退職届を提出したところだったから、もしかしたら、自分の中で何か肩の荷が降りたのかもしれない。ケリが着いたというか。そんな感じ。
目覚めはすごく良くて、その日はとても頭が冴えてアイデアがどんどん出てくるのだった。

他の職員に話したら、「いいなぁ〜」と言われた。みんな、やっぱり会いたいのだ。それを聞いても嬉しくなった。
「もしかして、あっちの世にちょっと行ってたんじゃないですか?」と言われもしたw
でも、ほんと、そんな感じだった。
すごく現実感がある。ほんとに会って話してたような。

神社に来た大勢の人は、もしかしたら、亡くなられた方々なのかもしれない。
そしてここの神様は大国主大神。またの名を幽冥主宰大神。幸福のご縁を結んでくださる神様であり、人間死後の世界を治めていらっしゃる神様でもある。
先輩は、仲間と一緒にその人たちを導いていたのだろう。

亡くなってもやっぱ、神主やってるんだなぁ、と、
その日は一日清々しく、誇らしい気持ちで過ごせたのだった。
posted by 霧島 安曇 at 21:11| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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